1.眠れないので

 以前、ニコ生で放送をしていた際に

ブログでも始めたらどうだ

と言われ、まだ自分の作っていない黒歴史を見つけることができた。

 いつかこの文章を見返して悶え苦しむ自分が見てみたいためブログを始めてみる。

 

 今日の気分としては語り口調で綴っていきたい感じだ。飽きたらやめる。

 

 正月も過ぎ、会社に属する人間は日常に戻ってしまっただろう。私はニートであり求職者であるためイベントが発生したとしてもただただ毎日寝て食べてたまにニコ生をするだけだ。

 そんな日々はとても考える時間が多い。最近は死について考える。大きな災害や事故があったからとも言えるが常日頃から考えている。

 

 贅沢だとは思うが出来ればポックリと逝きたい。今世は善い行いをしたとも言い難いのでこれは高望みだ。ならばせめても満腹で逝きたいと思った。

 人間には3大欲求があると言われている。食欲、性欲、睡眠欲だ。その中で手っ取り早く満たせる欲はなんだろうと考えた時に食欲だと思った。食欲が満たされていれば悔いというものは少なからず1/3は残らないであろう。ひもじさは精神をも蝕むと考えて生きている自分は死ぬ時は満腹で心置きなく逝きたいと思う。

 ふと、ポックリ逝くというのも睡眠欲が満たされている状態だと気がついた。欲深いな。

 

 今回死をテーマにしたのは人間皆共通の議題だと思ったからだ。

 誰にでも死は訪れる。そこに富や時間、何もかも関係なく。その死が幸か不幸かは誰にも決められない。ただそこに人が生きていたんだと覚えていてくれる人がいるかどうか。

 自分は人間の死とは人に忘れられた時であると思う。うまく言い表せないが、ふと故人を思う時、確かにその人は生きていると感じる。ただその人から新しい会話や想い出はできない、それがここに居ないだけの証拠でしか無い。

 自分自身、まだ幸いにも親しい人を亡くしていない為こんな楽観視しているわけだが。

 

 実はこういった文章を綴るのは初めてではない。皆も一度は目にしたことがあるマッチングアプリの自己紹介文でこのような文章を載せていた。ヤバいやつである。

 なぜこんな人間とマッチしてくれる奴が居たのか。しかし、なんとまぁ、割と人気で紹介文を更新するたびに感想を伝えてくるやつまでいたくらいだった。

 こういった少しの成功体験があったが故、この挑戦をしてみた。

 

 取り止めもなく書き綴ったが今回はこれまでにしておく。文豪ごっこができ、とても楽しかった。まだ語りたい題材がある為、自分の価値観が衰えない限り、この環境に飽きない限り更新していきたい。

 ここまで読んでくれた方へ、自分の文章に時間を割いてくれてありがとう。